神戸地方裁判所 昭和35年(わ)1408号 判決 1967年5月19日
主文
被告人近藤正次、同鋤本良徳を各懲役一年に、被告人阿知波重介を懲役二年に処する。
但し、被告人近藤、同鋤本に対してこの裁判確定の日から各三年間右刑の執行を猶予する。
被告人阿知波から押収してある腕時計一個(証第三号)を没収する。
被告人阿知波から金六九、〇〇〇円を、被告人鋤本から金六六、〇〇〇円を各追徴する。
訴訟費用≪省略≫
理由
(罪となるべき事実)
被告人三名はいずれも厚生省の麻薬取締官であって、被告人近藤正次は近畿地区麻薬取締官事務所所長、被告人鋤本良徳は同地区麻薬取締官事務所捜査第二課長たる地位にあり、被告人阿知波重介は東海北陸地区麻薬取締官事務所勤務であるが近畿地区麻薬取締官事務所に出張を命ぜられ麻薬取締法違反等の犯罪(以下麻薬犯罪と略記する)捜査等の事務に従事していた者であるが、
第一、被告人近藤は昭和三五年四月二八日名古屋市内の止宿先で、かねて麻薬犯罪の捜査にあたり、情報提供者として協力させていた元五島会系暴力団岩田組の組員鈴木兼雄より、「麻薬を積んでくると思われる外国船が名古屋港に入港するので高橋正一、磯口鹿雄らを案内役として、同人らが面識のある密輸麻薬持込船員の面割りをさせたい。さらに次期航海の際には麻薬を持込むよう注文し、その流入経路を探知すると共に、これを押収する等、麻薬犯罪検挙の端緒を得るべく協力したいが、そのため麻薬取締官を同行させて欲しい」旨電話による申入れを受けるや、すでに被告人阿知波より同趣旨並びに鈴木、高橋らは右外国船に赴いた際時計を密輸入陸揚げするつもりらしい旨の電話連絡を得ていたのみならず、従来鈴木、高橋らが麻薬を密売買しているのでないかと疑われる節もあるところよりすれば右船員の面割り並びに時計の密輸入陸上げは単なる表面上の口実にすぎず右申入れの真意は鈴木、高橋、磯口らの企図する麻薬密輸入陸上げの計画に対して麻薬取締官らの協力を要請するところにあることも充分考えられ、同被告人自身これを危惧しないでもなかったにも拘らず、いわゆる水切麻薬を検挙することが麻薬事犯の根絶を期するうえに肝要且つ効果的であり、その流入経路の探索及び次期航海における外国船員の持込麻薬の大量検挙等麻薬取締官としての実績をあげるためには今回かような危惧が現実化し、麻薬取締官が鈴木らに協力して麻薬を密輸入することとなったとしてもいわゆる大事の前の小事としてこれを黙過するほかないものと考えた結果、右鈴木の依頼の趣旨を承諾し、これに協力することを決意し、その頃部下職員である被告人鋤本を大阪市内より鈴木らと同行するよう命じて名古屋市内の旅館に呼びよせ、同月二九日朝同旅館において又同月三〇日昼頃大阪市内の近畿地区麻薬取締官事務所においてそれぞれ同被告人並びに部下職員である被告人阿知波に対し、右鈴木らと行を共にするよう指示激励し、被告人鋤本、同阿知波においてもまた被告人近藤の意を受け、鈴木らの意向を察知しながらこれに協力することを決意し、ここに被告人近藤、鋤本、阿知波の三名は右鈴木、高橋、磯口らと麻薬を密輸入陸揚げすることの共謀を遂げ、被告人鋤本、阿知波の両名において鈴木、高橋、磯口と共に右四月三〇日午後一〇時頃横浜港内山内桟橋にけい留中のオランダ船「チサダネ」号に赴き、輸入禁制品である塩酸ジアセチルモルヒネを含有する麻薬一九袋(約二キロ三〇グラム)を右高橋、磯口において衣服の内側に隠匿携帯して上陸し、横浜市内に搬入してこれを輸入し、
第二、被告人近藤は
一、被告人阿知波をして鈴木兼雄の協力のもとに、山本正夫に対する麻薬取締法違反事件につき捜査させていたところ、昭和三四年一二月下旬頃右阿知波、鈴木の両名が、右山本から塩酸ジアセチルモルヒネを含有する麻薬約一〇〇グラムを入手し、その処理方法につき神戸市内より電話で大阪市にある近畿地区麻薬取締官専務所所長室の被告人近藤宛に指揮を求めてきたのに対し、職務上これを押収すべきであるにも拘らず、その押収方を命ずることなく、却って「その麻薬は鈴木のところで同人の輩下の前田充弘に警察に検挙されぬようよく注意して売却させて差支えない」旨申向け、以って昭和三五年一月上旬頃鈴木が神戸市生田区加納町三丁目関西自興株式会社において右麻薬を売却処分させるため右前田に交付したことの犯行を容易ならしめてこれを幇助し
二、被告人阿知波をして鈴木兼雄の協力のもとに、森松敏一に対する麻薬取締法違反事件につき捜査させていたところ、同年三月上旬頃右阿知波、鈴木の両名が、右森松から塩酸ジアセチルモルヒネを含有する麻薬約一八五グラムを入手し、これを右鈴木が前記所長室に持参し、その処理方法につき被告人近藤の指揮を求めたのに対し、職務上当然これを押収すべきであるにも拘らず、その押収方を命ずることなく、却って前同様前田充弘に処分させて差支えない旨申向け、以てその頃鈴木が右関西自興株式会社において、右麻薬を売却処分させるため、右前田に交付したことの犯行を容易ならしめて、これを幇助し
第三、被告人鋤本は前記第一の犯行に際し、税関吏等の監視、取締を免れるため、麻薬取締官の職務権限を利用し、前記高橋、磯口らを伴って船内に立入ったうえ、麻薬を入手した同人等に附添って横浜市内に上陸し、以って職務上不正な行為をなしたものであるが、
一、同年四月二九日午後一一時頃神戸市生田区山本通二丁目操代旅館において前記高橋、鈴木より右の如く職務上不正行為をなし、麻薬の密輸入に協力されたいとの趣旨で供与されるものである。この情を知りながら、花代三、〇〇〇円に相当する女色遊興の接待を受け、以ってその職務に関し賄賂を収受し、因って右のように職務上不正の行為をなし
二、右職務上不正の行為をなしたことに対する謝礼の趣旨で供与されるものであることの情を知りながら
(一)同年五月一日午後一〇時頃、右操代旅館において前記高橋、磯口、鈴木よりインターナショナル自動巻腕時計一個(時価約六万円相当)の供与を受け
(二)同日午後一一時頃同所において右高橋、鈴木より、花代三、〇〇〇円に相当する女色遊興の接待を受け、
以ってそれぞれ職務上不正の行為をなしたことにつき賄賂を収受し
第四、被告人阿知波は
一、鈴木兼雄、高橋正一、磯口鹿雄ほか数名と共謀のうえ同年七月一四日午前九時頃名古屋港内中央ふ頭第九号岸壁にけい留中のオランダ船「ルイス号」より輸入禁制品である塩酸ジアセチルモルヒネを含有する麻薬約三二袋(約三キロ六〇〇グラム)を右高橋、磯口の衣服の内側に隠匿携帯して上陸し、名古屋市内に搬入して、これを輸入し
二、前記第一、第四の一、の各犯行に際し、税関吏等の監視、取締を免れるため、麻薬取締官の職務権限を利用し、右高橋、磯口等を伴って船内に立入ったうえ、麻薬を入手した同人等に附添って、それぞれ横浜市内、名古屋市内に上陸し、以って職務上不正の行為をなしたものであるが、右職務上不正の行為をなし麻薬の密輸入に協力されたいとの趣旨で供与されるものであることの情を知りながら右鈴木、高橋より
(一)同年四月二九日午前三時頃名古屋市中村区堀内町二丁目三二番地旅館有明館においてインターナショナル自動巻腕時計一個(時価約六万円相当)(証第三号)の供与を受け
(二)同日午後一一時頃神戸市内の前記操代旅館において花代三、〇〇〇円に相当する女色遊興の接待を受け、
以ってそれぞれ、その職務に関し賄賂を収受し、因って右のように職務上不正の行為をなし
三、右各職務上不正の行為をなしたことに対する謝礼の趣旨で供与されるものであることの情を知りながら
(一)同年五月一日午後一一時頃神戸市内の前記操代旅館において右鈴木、高橋より花代三、〇〇〇円に相当する女色遊興の接待を受け
(二)同月二日午前三時頃神戸市三宮附近路上を進行中の自動車内において右鈴木より現金一万円の供与を受け
(三)同年七月一四日午後一一時頃岐阜市日出町四丁目三一番地旅館万里において右高橋、磯口より花代三、〇〇〇円相当の女色遊興の接待を受け
(四)同月一五日午前一〇時頃右同所において、右高橋、磯口より現金五万円の供与を受け
以ってそれぞれ職務上不正の行為をなしたことにつき賄賂を収受し
たものである。
(証拠)≪省略≫
(法令の適用)
被告人らの判示第一、被告人阿知波の判示第四の一の各所為中麻薬取締法違反の点はそれぞれ昭和三八年法律第一〇八号(麻薬取締法等の一部を改正する法律)附則第二項により、同法による改正前の麻薬取締法第六四条第一項、第一二条第一項、刑法第六〇条に、関税法違反の点はそれぞれ関税法第一〇九条第一項、刑法第六〇条に、被告人近藤の判示第二の一、二の各所為はそれぞれ右改正前の麻薬取締法第六四条第一項、第一二条第一項、刑法第六二条第一項に、被告人鋤本の判示第三の一、被告人阿知波の判示第四の二の(一)、(二)の各所為は、それぞれ刑法第一九七条第一項、第一九七条の三第一項に、被告人鋤本の判示第三の二の(一)、(二)、被告人阿知波の判示第四の三の(一)ないし(四)の各所為はそれぞれ刑法第一九七条の三第二項、第一項に各該当するところ、判示第一、第四の一の各罪はそれぞれ一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから同法第五四条第一項前段、第一〇条により各一罪として重い麻薬取締法違反の罪の刑で処断することとし、被告人近藤については判示第二の一、二の各罪は従犯であるからそれぞれ刑法第六三条、第六八条第三号により法律上の減軽をし、各被告人について、以上はそれぞれ同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条により被告人近藤については最も重い判示第一の罪の刑に、被告人鋤本については犯情の最も重い判示第三の二の(一)の罪の刑に、被告人阿知波については犯情の最も重い判示第四の二の(一)の罪の刑に、被告人鋤本、同阿知波については同法第一四条の制限内で、それぞれ法定の加重をし、その各刑期の範囲内で被告人近藤、同鋤本を各懲役一年に、被告人阿知波を懲役二年に各処し、情状により被告人近藤、同鋤本に対し同法第二五条第一項を適用してこの裁判確定の日から各三年間右各刑の執行を猶予し、押収してある腕時計一個(証第三号)は被告人阿知波が判示第四の二の(一)の犯行により収受した賄賂であるから同法第一九七条の五前段によりこれを同被告人から没収し、被告人鋤本が判示第三の一、二の(一)、(二)、被告人阿知波が判示第四の二の(二)、三の(一)ないし(四)の各犯行により収受した賄賂は没収することができないので同法第一九七条の五後段により被告人鋤本からその価額金六六、〇〇〇円を、被告人阿知波からその価額金六九、〇〇〇円を各追徴し、訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して主文第五項のとおり各被告人の負担とする。
よって主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石丸弘衛 裁判官 上本公康 裁判官原田直郎は転勤のため署名押印することができない。裁判長裁判官 石丸弘衛)